ー 6度目のワールドカップ出場を決めた昨年8月のオーストラリア戦から遡ること約20年。ジョホールバルの地で世界への扉をこじ開けたチームには“キング”と呼ばれる男の姿があった。当時その勇姿をテレビの前で観ていたサッカー少年は、のちに日本代表の中心選手となって2度の大舞台を経験。そして間もなく3度目の国際舞台に挑むことになる。
日本サッカー界の“顔”として君臨する三浦知良と長谷部誠−−。互いのサッカー人生が交わったことはないが、思考や感覚は時代を超えてリンクする。“世界”を知る2人だからこそ見える、成功へのアプローチとは……。
インタビュー・文=高尾太恵子 Interview and text by Taeko Takao
写真=鷹羽康博 Photo by Yasuhiro Takaba
【前編】
■大舞台に向けた“最高の準備”の仕方
ー コロンビアとの初戦まで19日。自身3度目のW杯に向けて、長谷部は「最高の準備をしたい」と話す。
長谷部 「過去2大会の経験は財産であり、自信になっている。でも、今大会がこれまでと一緒かと言われると、そうではない。サッカーは生き物なので、その大会に合った調整の仕方をしないといけないと思っています。とにかく時間を大切にして、今大会に向けてやるべきことを頭の中で整理してやっていきたいです」
ー 南アフリカ大会、ブラジル大会とは監督もメンバーも違う。長谷部自身も8年前とは立場や役割が違うわけで、アプローチの仕方が違って当然だ。カズはその考えに同意した上で、プロアスリートとしての根本的な部分に言及した。
カズ 「やっぱり疲れを残さないことが大事だよね。疲れを残さずにいい準備をしていれば、いい精神状態になる。良いトレーニングをして、良い睡眠と食事をとる。それに尽きると思う。僕の場合は少しテンションを高めにしておかないと、うまく試合に入れない。体、心、頭を緩めないといけない人もいれば、僕のように緩めるとうまくいかない人もいる。筋肉もそう。若い頃は特に、筋肉と気持ちが少し張っていたほうが良かった。昔と比べると今はリラックス度が高くなったかな」
ー 睡眠や食事もトレーニングの一環であり、それらをうまく管理できてこそコンディションを維持することができる。51歳で現役を続けるカズが、まさに良い例だろう。大会前の合宿では、選手それぞれが試合に向けていかにピーキングできるかが重要になるが、キャプテンを務める長谷部には同時にチームのマネジメントも求められる。
長谷部 「モチベーションや雰囲気を高めていきたいと思っています。事前合宿の最初からガッと頑張りすぎると頭が疲れてしまうので、始めは抑え気味にして、初戦にピークを持っていきたい。僕は過去2大会のほかにも、様々な経験をしてきました。これまでの経験をチームに落とし込むのは難しいことではない」
■■■カズから後輩・長谷部にエール
ー カズは「キャプテンマークには不思議な力がある」と言う。試合開始前、堂々と列の先頭を歩いてピッチに入場する長谷部とは対象的に、決まって最後尾にいたカズにキャプテンのイメージはない。だが一度だけ、自ら「やりたい」と監督に志願したことがあった。そうして日本代表でキャプテンマークを巻いたカズは、「自分が一つ成長できるような感覚」を味わったという。
カズ 「何となくリーダーシップが取れるようになるんですよ。キャプテンマークは重くて、自然と自分がしっかりしないといけないという気持ちになる。代表の試合はいつも気持ちが高ぶりますけど、キャプテンとなるとまた違った。
それを毎回やっている長谷部はすごいと思いますよ。彼は責任感が強くて、若手から中堅まで、みんなの意見をうまく受け止めている。若くして日本代表のキャプテンを任され、ブンデスリーガでも監督から信頼されている。試合に出続けられるのは、彼の人間性もあるでしょうね。闘将と言われた柱谷(哲二)さん、その後の井原(正巳)……。彼はまたちょっと違ったタイプだけど(笑)。どの監督からも信頼されるというのはすごいことだよ」
ー 長谷部は西野朗監督を含めると7人の指揮官から指導を受け、2010年以降は都度キャプテンに指名されてきた。歴代の日本代表選手の中で、キャプテンとして最も多くの試合に出場している選手でもある。指導法やマネジメント法、チーム作りは十人十色。そんな中で、長谷部が一貫して行ってきたのは、その監督たちの考えを理解して選手に伝えることだった。
長谷部 「彼らと一緒に仕事ができたことは財産です。監督からの信頼に対して、自分も信頼で返したい。それはキャプテンという立場の中で、大事にしていることの一つです」
ー 「グループリーグを突破して、決勝トーナメントに進んでほしい。一つでも多く勝ってほしい」。そうカズがエールを送れば、長谷部もそれに力強く応える。
長谷部 「自分たちがロシアでどういうサッカーをして、どういう結果を出すかによって、日本サッカーの未来が変わってくると思います。しっかりと責任を持って、応援してくださるみなさんに熱くなってもらえるような試合がしたい」
ー W杯とはどんな舞台か。その問いかけに対する二人の答えは同じだった。
カズ 「今も昔もW杯は夢の舞台で、たとえ自分が出場していたとしてもそれは変わらない。日本代表は憧れのチームだよね。自分がプレーできなくなっても、日本代表は一番の夢のチームです」
長谷部 「W杯は小さい頃から憧れていた最高の舞台。多少のプレッシャーはありますけど、今はワクワクしています」
【後編】
■カズの初W杯、長谷部の初W杯
ー 2012年、カズは初めてW杯の舞台に立った。だがそれはフットサルのW杯であり、「夢の舞台」に立ったという実感は湧かなかった。
カズ 「僕の夢はサッカーのW杯出場だからね。だけど、日本代表を背負う重みというのは変わらない。それはどんな競技でも一緒です」
ー もちろん、フットサルを軽視しているわけではない。45歳で挑戦することに不安や恐怖はあったし、何より自分が入ることで外れてしまう選手がいることに胸を痛めた。「今でも申し訳ないという気持ちはある」。それでも、心に湧いてきたのは一緒に戦いたいという気持ちだった。自分がチームに入ることでフットサルが少しでも盛り上がるのであれば、決勝トーナメント進出という目標を達成する力になれるのであれば……。カズはそんな自分の気持ちを無視することができなかった。
カズ 「フットサルの頂点を決める大会に出られたことは大きかった。あの経験は一つの宝物になっています」
ー 長谷部が初めてW杯の舞台に立ったのは、その4年前の南アフリカ大会だ。
長谷部 「とにかくフワフワした感覚だったのを覚えています。カメルーン戦はお互いのサポーターが多くいるわけでもなくて、スタジアムの雰囲気もすごくフワフワしていた。いつもの公式戦とは少し違った雰囲気でした」
ー W杯に対して「すごい場所」というイメージを抱いていた長谷部は、「これが夢見ていたW杯の舞台か……」と想像とのギャップに戸惑った。その“フワフワ”とした感覚を、ブラジル大会でも味わうことになる。スタジアムの観戦者は地元民が多く、ホームでもアウェーでもない独特の雰囲気が漂う。
長谷部 「初戦はその感覚に気をつけようと思いました。W杯を初めて経験する選手は少し戸惑うと思うので、ロシア大会の前に伝えてあげたい」
ー グループリーグを突破するためにも、チームを勢いづけるためにも、初戦で勝たなければならない。長谷部の助言は勝利に近づくための材料になるはずだ。
それに対して、カズは“日本だからこそ”初戦を落としてはならないと説く。
カズ 「世界のトップクラスでも初戦を落とすとキツくなるし、日本以外にも、ポット2、ポット3に入っていた国は切羽詰まった状況を作りたくないはず。それでも強い国は2試合目、3試合目で立て直せるだけの選手層、実力、経験、実績がある。でも、日本にそこまでの力はまだないので、初戦で勝って勢いに乗らないといけない。初戦を落とすと、ネガティブになってしまうかもしれない」
ー カズが指摘するように、初戦で敗れたブラジル大会はメンタル面を立て直せないまま、グループリーグを1分け2敗で終えた。長谷部はその経験を踏まえてこう語る。
長谷部 「初戦が大事だということはすべての人が分かっている。ブラジル大会はリスクマネジメントに欠けていた部分があったと思います。(コートジボワール戦で)逆転負けを喫して、チームとして落ち込んでしまった。最悪の結果を想定することも大事になってくる」
カズ 「初戦を落としても、余裕を持って戦えるだけの実力と実績を積み上げていくしかない。1試合目で敗れても、2試合目、3試合目で立て直せるだけのメンタルの強さが備わっていたら上に行ける」
ー 大舞台のプレッシャーにのまれて、実力を発揮できないまま90分を終える選手もいれば、実力以上のものを発揮する選手もいる。二人は目に見えないプレッシャーとどのように向き合っているのか。
プレッシャーは自分で作ってしまうものだ、とカズは言う。大一番でゴールを決める印象が強いが、天皇杯の決勝やJリーグの優勝決定戦ではいつも以上に緊張し、特にW杯予選では大きなプレッシャーを感じていた。
カズ 「打ち勝つためには、普段どおりの生活を送って、いい準備をする。そしてポジティブな気持ちでグラウンドに立つ。僕は自分を高ぶらせるほうがいい」
長谷部 「僕はプレッシャーのない試合、プレッシャーのない人生に魅力を感じない。W杯のような舞台は自然とプレッシャーを感じられるし、それは自分にとってすごく必要なものです。プレッシャーの大小は自分で調整できるので、どの程度のプレッシャーをかけるのかを自分で決めています。あえてプレッシャーをかけることもありますよ。そんな試合に勝った時ほど、喜びは大きいです」
<長谷部選手からカズ選手に質問!>
長谷部 常にハードなトレーニングを自分に課すことができるカズさんはSですか? それともMですか?
カズ 両方ですね(笑)。どちらかというとドMかもしれない……。それを知って、長谷部はどうするんだ!?(笑)
つづく…
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